2026.3.30

クリニック・医療法人の資金繰りが悪化する本当の理由

「患者さんは来ている。売上も悪くない。なのに、なぜか月末になるとお金が足りない。」

開業医・クリニック経営者からよく受ける相談です。

医療業界には、他の業種にはない「資金繰りが悪化しやすい構造」があります。その構造を知らないまま経営を続けると、繁盛しているクリニックでも突然資金ショートに陥ることがあります。


経営の本質はシンプルだ

難しく考える必要はありません。経営の本質は「売上を上げて、経費を下げること」です。それだけです。

しかし多くのクリニック経営者は、この当たり前のことを「医療だから特殊」と思い込んで、数字から目を背けます。結果として、繁盛しているのにお金がない、という矛盾した状態に陥ります。

クリニックは「箱物ビジネス」です。家賃・人件費・材料費という固定コストを抱えながら、毎月一定の患者数を集めて売上を立てる。この構造を理解していれば、どこに手を打てばいいかは自ずと見えてきます。

まず確認すべき問いはこれです。

「今やっていることは、売上に直接インパクトがあるか?」

設備投資もスタッフ採用も、この問いに答えられない限りやるべきではありません。


Q: なぜ患者が来ているのに資金繰りが苦しくなるのか?

A: 医療業界特有の「診療報酬の入金サイクル」が原因です。

一般的なビジネスでは、サービスを提供したらすぐに代金を受け取れます。しかし医療機関は違います。

診療報酬の入金までの流れ:

診療(サービス提供)
 ↓
月末に診療報酬を請求(レセプト請求)
 ↓
審査支払機関が審査(約1〜2ヶ月)
 ↓
ようやく入金

1月に診療した分のお金が実際に入金されるのは2〜3月になります。一方、スタッフへの給与・医薬品・医療材料の支払いは毎月発生します。このタイムラグが資金繰りを圧迫する根本原因です。

この「利益とキャッシュのズレ」の構造については、利益とキャッシュは別物だ ― 経営者が知らないお金の基本でも詳しく解説しています。


医療法人・クリニックに特有の4つのリスク

① 診療報酬の入金サイクルが長い

保険診療の報酬は、診療月の翌々月に入金されるのが基本です。自費診療が少ないクリニックほど、このサイクルの影響を強く受けます。

② 開業時の借入返済が重くのしかかる

クリニック開業には多くの場合、数千万〜1億円以上の借入が必要です。借入そのものは悪くありません。問題は「返済額を加味した上で、月々の手残りがいくらになるか」を把握していないことです。返済を経費として意識せずに経営していると、利益が出ているように見えても手元のお金は減り続けます。

③ 設備・医療機器の更新コストが突発的に発生する

MRI・CT・内視鏡など、数百万〜数千万円の更新が突然必要になることがあります。「この設備投資で患者数が何人増えるか」「売上インパクトがあるかどうか」を事前に検討せず感覚で導入するクリニックほど、資金繰りに苦しみます。

④ 税金と社会保険料が「見えないコスト」になっている

これが最も見落とされやすいリスクです。売上・経費の管理ができていても、税金と社会保険料を把握していないだけで資金ショートに陥るクリニックは少なくありません。


税金と社会保険料が資金繰りを直撃する

税金:「利益が出た分だけ後からまとめて取られる」

医療法人の場合、法人税・住民税・事業税が決算後にまとめて発生します。

1月〜12月:診療報酬が入ってくる
 ↓
3月:決算確定
 ↓
5月:法人税等の納付(利益の約30%)

「利益が出た=手元にお金がある」ではありません。その利益分はすでに運転資金として使われていることがほとんどです。結果、税金の納付時期に突然まとまった現金が必要になり、資金ショートが起きます。

対策:毎月「税引後の手残り」を計算する 利益が出たら、その約30%を「税金用の口座」に毎月積み立てておく。これだけで納付時期の資金ショートはほぼ防げます。


社会保険料:「給与の約15%が毎月上乗せでかかる」

スタッフに月給30万円を払うとき、実際に会社が負担するコストは30万円ではありません。

項目 金額
給与 300,000円
健康保険料(会社負担) 約15,000円
厚生年金保険料(会社負担) 約27,000円
雇用保険料(会社負担) 約1,800円
実際の負担合計 約344,000円

給与の約15%が社会保険料として上乗せになります。スタッフが10名いれば、社会保険料の会社負担額だけで毎月40〜50万円規模になることも珍しくありません。

医療機関は原則として全スタッフを社会保険に加入させる義務があります。採用を増やすたびに、給与以上のコストが発生することを前提に計画を立てる必要があります。


「本当の手残り」の計算式

多くの経営者が見ている計算:

売上 − 経費 = 利益

本当に見るべき計算:

売上 − 経費 − 社会保険料(会社負担)
   − 税金積立(利益の約30%)
   − 借入返済額
= 本当の手残り

この計算ができていないと、「黒字なのにお金がない」が慢性化します。


Q: クリニック経営で一番見落としがちな数字は何か?

A:「手残り(すべての支払い後に実際に残るキャッシュ)」です。

毎月確認すべき数字はこの3つです。

① 今月末の通帳残高の予測 給与・薬品費・返済・社会保険料・税金積立をすべて書き出す

② 翌月・翌々月の診療報酬入金予定額 請求済みのレセプト金額から概算する

③ 手残り(①+②-支払い合計) これがマイナスなら今すぐ手を打つ必要がある

90日あれば、手残りを増やす仕組みは作れます。 難しい財務知識は必要ありません。


売上を上げるために考えるべき視点

資金繰りを改善するアプローチは2つしかありません。「売上を上げる」か「経費を下げる」かです。

売上インパクトの視点:

施策 売上インパクト 優先度
自費診療メニューの追加 高(単価アップ) ★★★
再診患者のリピート率改善 高(来院頻度アップ) ★★★
新患獲得(MEO・HP強化) 中〜高 ★★☆
高額機器の新規導入 不確実 要検討

売上インパクトが不確実なものに大きなコストをかけるのは避けてください。「この投資で患者数が何人増えるか」「回収までに何ヶ月かかるか」を数字で検討してから動くのが原則です。

経費削減の視点:

クリニックの固定費で削れる可能性が高いのは「薬品・材料の発注ロス」「スタッフのシフト最適化」「不要なリース契約」です。売上を増やすより経費を削る方が即効性が高いケースも多く、まず固定費の内訳を一覧化することをおすすめします。


開業医が陥りやすい4つのパターン

パターン①:患者数が増えて油断する 患者数が増えると売上は上がります。しかし入金は2ヶ月後。その間に人件費・材料費が先に出ていき、「繁盛しているのに資金が足りない」状態になります。

パターン②:節税対策で利益を圧縮しすぎる 利益を圧縮しすぎると手元現金が減りすぎることがあります。節税と手残りのバランスを数字で管理することが重要です。顧問税理士に任せきりにせず、経営者自身がキャッシュを把握することが不可欠です。

パターン③:社会保険料を採用計画に含めていない 「人を増やせば売上が上がる」という発想だけで採用を進めると、給与以外の社会保険料負担が積み上がり、気づいたときには固定費が利益を超えています。採用前に「この人件費で手残りはいくら変わるか」を必ず計算してください。

パターン④:売上インパクトを検討せずに設備投資する 「最新機器を入れれば患者が増える」という感覚だけで高額設備に投資するのは危険です。「この設備で月に何人の患者が増えるか」「何ヶ月で回収できるか」を事前に計算してから判断する。それができなければ投資すべきではありません。


まとめ:「本当の手残り」を制する医院が生き残る

見落としやすいコスト 発生タイミング 対策
診療報酬の入金遅延 診療翌々月 2〜3ヶ月先の入金予定を常に把握
法人税・住民税・事業税 決算後にまとめて 毎月利益の30%を積み立て
社会保険料(会社負担) 毎月・給与の約15% 採用計画に必ず含めて試算
借入返済額 毎月 返済込みの手残り計算を毎月実施
設備更新コスト 突発的 売上インパクトを試算してから判断

経営の本質は「売上を上げて、経費を下げること」です。医療だから特殊、ではありません。この当たり前のことを数字で管理できているクリニックが、長期的に生き残ります。


Q: クリニックの資金繰りを専門家に相談するタイミングは?

A:「なんとなく資金が減っている気がする」と感じた時点が最適です。

実際に資金が足りなくなってからでは選択肢が狭まります。90日あれば、売上インパクトのある施策と経費削減・税金積立を組み合わせて、手残りを増やす仕組みを作ることは十分可能です。

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