「うちはどんなお客さんでも歓迎です。客層を絞ったら、その分売上が減るじゃないですか。」
これ、あなただけではありません。中小企業の現場で、もっともよく耳にする反論です。
しかし、現実に起きているのは逆のことです。全員に向けて発信した結果、誰の心にも届かない。使った販促費は分散し、残ったのは「安いから選んだ客」だけ——このパターンで手残りを削られている会社が、非常に多い。
マーケティングの世界ではこれを「STP」と呼びます。フィリップ・コトラーが体系化した考え方で、市場を分け(Segmentation)、狙いを定め(Targeting)、位置づける(Positioning)。とはいえ、枠組みの名前はどうでもいい。大事なのは、これが売上に最もインパクトのある意思決定であり、しかも数字で決められるということです。
この記事でわかること
- 「絞ると売上が減る」が成立しない理由(工務店の実データ付き)
- 狙う客層を数字で決める計算式
- 自社の顧客層を3分で点検する方法
目次
なぜ「全員を狙う会社」ほど手残りが薄いのか?
従業員9名の工務店の例で考えます。
この会社は毎月30万円をかけてチラシを2万部、市内全域に配布していました。反響は月16件(反響率0.08%)、成約2件。工事単価は400〜500万円、粗利率は28%前後で、契約1件あたりの粗利は約120万円です。
ここで「もっと配ればもっと取れる」と考えるのが、もっともよくある失敗です。
実際にこの会社がやったのは逆でした。過去3年の受注客を並べ直し、「商圏3km内」「築20年以上の戸建て」に集中していることを確認し、配布をその条件に絞り込んだのです。
| 項目 | 全域配布 | 絞り込み後 |
|---|---|---|
| 配布部数 | 20,000部 | 8,000部 |
| 販促費(月) | 30万円 | 14万円 |
| 反響率 | 0.08%(16件) | 0.31%(25件) |
| 成約件数 | 2件 | 4件 |
| 獲得単価(CPA) | 15万円 | 3.5万円 |
| 月間粗利 | 240万円 | 480万円 |
販促費を半分以下に減らしながら、粗利は2倍になりました。売上を上げて経費を下げる——これが同時に起きる。客層を絞るとは、売らないことではなく、当たる確率の低いところにお金を投げないということです。
数字の前提を補足しておきます。ポスティングの反響率は業種を問わない一般的な目安で0.1〜0.3%、住宅・リフォーム系はさらに低く0.01〜0.1%程度とされます。つまり絞り込み前の0.08%は住宅業界では標準的な水準で、絞り込み後の0.31%は上振れした部類です。すべての会社で同じ数字が出るわけではありません。それでも、配布先の条件を変えるだけで反響率が数倍動くこと自体は、多くの現場で再現します。
やってはいけないのは「値引きで反響を伸ばす」こと
反響が鈍いとき、もっとも手っ取り早いのが「今なら50万円引き」という訴求です。確かに反響率は上がります。
しかし、集まるのは価格で選ぶ客です。値引き分はそのまま粗利から消え、しかも一度下げた価格は次回以降も基準になります。反響が少ない原因は価格ではなく、届ける相手を間違えていることがほとんどです。値段をいじるのは、宛先を直してからで遅くない。値上げの考え方については「値上げしたら客が離れる」は本当か?——選ばれたまま単価を上げる中小企業の3つの共通点で詳しく解説しています。
市場調査に何十万円もかける必要はあるのか?
結論から言えば、中小企業に調査会社への発注はほぼ不要です。もっとも安く、もっとも精度の高い調査データは、すでに自社の中にあります。
今週から始められる調査は3つです。
① 既存顧客を「粗利額順」に並べる
売上順ではありません。粗利額順です。上位20%の顧客に共通する属性(地域・業種・規模・年齢層・初回接点)を拾い出す。これが自社の「勝てる客層」の正体です。
② 失注・離脱の理由を10件聞く
選ばれた理由より、選ばれなかった理由のほうが情報量が多い。失注先に10件電話するだけで、百万円の調査レポートより使える事実が集まります。
③ 公的統計で商圏を確かめる
政府統計ポータルの「e-Stat」、総務省統計局が提供する地図分析ツール「jSTAT MAP」、経済センサスなどの公的データは、すべて無料で使えます。とくにjSTAT MAPは、国勢調査などの結果を地図上に表示できる地理情報システムです。商圏内の世帯数・年齢構成・事業所数を見れば、「この地域に見込み客が何件あるのか」の概算は出せます。
重要なのは、調査を「やった気になるため」ではなく、次の意思決定のためにやることです。決断に使わないデータは、どれだけ美しくまとめてもコストでしかありません。
狙う客を、どうやって数字で決めるのか?
ステップ1:属性ではなく「粗利×リピート」で分ける
年齢や業種で分けるのは出発点にすぎません。経営に直結するのは、一件あたりの粗利額と再購入の頻度の2軸です。この2軸で顧客を4つのマスに分けると、自社がどこで稼いでいるのかが一目でわかります。
ステップ2:「期待値」で選ぶ
どのセグメントを狙うかは、好みではなく掛け算で決めます。
期待粗利 = 見込み客数 × 成約率 × 一件あたり粗利
あるBtoBの製造業では、この計算で結論がひっくり返りました。
- セグメントA(医療機器向け):300社 × 8% × 45万円 = 1,080万円
- セグメントB(一般産業機械向け):1,200社 × 2% × 28万円 = 672万円
市場の大きさだけ見ればBが4倍です。しかし、実際に手残りを生むのはAでした。感覚ではなく確率で判断するとは、こういうことです。
なお、BtoBで成約率そのものを引き上げたい場合は、BtoB中小企業の営業が属人化する?「商談化率」と「リード単価」で売上を仕組み化する3つの方法もあわせてご覧ください。
なお、成約率の数字が手元にない場合は、直近1年の実績から逆算してください。概算で構いません。数字を置いて比べること自体に意味があります。
あなたの会社の期待粗利を、いま計算してみてください
| セグメント | 見込み客数 | 成約率 | 一件あたり粗利 | 期待粗利 |
|---|---|---|---|---|
| A | 社 | % | 万円 | 万円 |
| B | 社 | % | 万円 | 万円 |
2つ埋めて、数字の大きいほうに販促費を寄せる。判断はそれだけです。
逆に、この表が1マスも埋まらないなら、それが今の最大の問題です。販促費が勘で配分されているということになります。
ただし、この計算で選んだセグメントが常に正解とは限りません。既存客からの紹介比率が高い会社や、社長個人の人脈で受注が回っている会社では、期待粗利の小さいほうを選んだほうが伸びるケースがあります。数字が拮抗しているときほど、判断はここで分かれます。
自社がどちらのタイプかは、紹介経由の受注比率を出せばおおよそ見当がつきます。この比率が3割を超えているなら、期待粗利の計算だけで決めないほうが安全です。
ステップ3:「競合が言えないこと」を一文で言う
位置づけとは、キャッチコピー作りではありません。判定基準は一つだけ——その一文を、同じ商圏の競合もそのまま使えてしまうかどうかです。使えてしまうなら、それは位置づけではなく単なる自己紹介です。
「地域密着・高品質・創業30年」は、どこでも言えます。一方で「築20年以上の一戸建てを、住みながら改修する工事だけをやります」は、全域を狙う競合には言えません。
「良いものを作っているのに売れない」と感じている場合、原因はほぼこの位置づけにあります。「良い商品なのに売れない」を解決するたった1つの視点もあわせてご覧ください。
Q&A:客層を絞るときの疑問
Q1. 絞ると、それ以外のお客さんは断ることになりますか?
A. なりません。絞るのは「受ける仕事」ではなく「販促費を向ける先」です。チラシ、広告、サイトの文言、営業の訪問先——限られた資源の向きを揃えるだけです。紹介や飛び込みで別の客が来れば、普通に受ければいい。ただし紹介だけに依存する状態にはリスクもあります(参考:「紹介が一番いいお客さん」は本当か? ― 紹介だけに頼る経営の落とし穴)。
Q2. どのくらいの期間で効果が見えますか?
A. 反響率と獲得単価は、1〜2カ月で変化が見え始めます。手残りへの反映は回収サイトの分だけ遅れ、おおむね90日が目安です。毎月CPAと粗利額を追い、数字が動かなければセグメントの選び方を見直します。
Q3. 絞った結果、市場が小さすぎたらどうしますか?
A. これは実際に起きます。だからこそ、動く前に見込み客数を概算しておくことが重要です。商圏内の対象件数×想定成約率で、目標粗利に届かないなら、商圏を広げるか隣接するセグメントを一つ追加する。この検証をチラシを刷る前に終わらせること。やみくもに手を動かすより、先に徹底的に考えるほうが安く上がります。
まとめ:「誰に売るか」を数字で決める
| ステップ | やること | 見る数字 |
|---|---|---|
| ① 分ける | 顧客を粗利額×リピート率で4つに分類 | 一件あたり粗利額、再購入率 |
| ② 選ぶ | 期待粗利の大きいセグメントに販促費を寄せる | 見込み客数×成約率×粗利 |
| ③ 位置づける | 競合が使えない一文に言い換える | 反響率、問い合わせ率 |
| ④ 検証する | 90日で数字を見て判定する | CPA(獲得単価)、月次粗利 |
そして、最後に必ずこの数字に戻してください。
本当の手残り = 税引後利益 + 減価償却費 - 借入金の返済元金
前半の「税引後利益+減価償却費」は、金融機関が返済原資と呼ぶ数字です。そこから借入金の元金返済を引いた残りが、実際に会社へ積み上がる現金になります。
反響が増えても、問い合わせが増えても、ここが増えていなければそのマーケティングは成功していません。反響率は途中経過であって、目的ではないのです。
狙う客が定まったら、次はその客と長く付き合うことで手残りが伸びます。詳しくは新規集客に疲れた会社へ——売上が増えてもお金が残らない理由は「LTV」にあるをご覧ください。
まず、今日やることは1つだけです
直近1年の顧客リストを、売上順ではなく粗利額順に並べ替えてください。
作業は10分で終わります。並び替えた上位20%を上から見て、共通点を一つ探す。それだけで、次に販促費を向ける先は見えます。
他の打ち手は、これをやってからで構いません。
Q. 専門家に相談すべきタイミングはいつですか?
A. 次のいずれかに当てはまるなら、早めの相談をおすすめします。
- 広告・販促費をかけているが、1件あたりの獲得単価を即答できない
- 問い合わせはあるのに、値引き交渉になる案件が多い
- 自社の粗利上位20%の顧客層を説明できない
- ホームページやSNSを更新しているが、受注とのつながりが見えない
共通しているのは、マーケティングが「活動」になっていて「投資」になっていない状態です。いくら入れて、いくら戻ったのか。この一往復が数字で追えるようになった瞬間から、マーケティングはギャンブルではなくなります。
初回のご相談では、決算書2期分と現在の販促費の内訳をもとに、御社の「本当の手残り」と、改善余地の大きい数字を3つに絞ってお伝えします。所要は60分程度、その場で契約をお願いすることはありません。
まずはご自身で確認したい方へ。設問に答えるだけで、御社の資金繰りと収益構造の弱点をスコア化する無料ツールをご用意しています(所要3分)。
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